うだる夏が続いているが、、、前も話したように残暑残暑とは言いつつも、、衰えの感あり。
、と飛び石の連休にて、先日は東京はミッドウエストな、N東京市あたりの郷土資料館巡りへと繰り出すのでいた。、と郷土資料館、地方に行けば必ずしや地域活性もあり、必ず佇むもんだが、東京都内となると、それよりかエンターテイメント性が優先されてしまう、閑古鳥が鳴く、、。
首都で昔を振り返って、何になるのか、そのメランコリー。そうした言い方はよくないけど「煤けた」感の展示が実に心に響くのはなぜだろう(その歓迎ぶりも、丁寧熱烈歓迎感がたまらなく好きな自分でいる)、かならず駐在している人は笑顔で迎えてくれるのだ。
と、N東京の郷土博物館は、、おそらく廃校になった校舎を一部差し換えて、2F教室部位を展示コーナーとしている。すでに50年ほど前の、自分を育んでくれたような古い鉄筋校舎が、トマソン様でいてコンクリの醸し出す粉臭さと、忘れ時と、呪縛みたいな思い出が入交り~たまらない空間を醸し出す。ハンバート・ハンバートならどう表現するだろう。
そんな外来者コーナーで便所スリッパとそう変わらない、昔あり来なビニール製スリッパに履き替えて、半ば夏休みの休養中とでもいうべきか、校舎二階へ。
こうした空間で戦後八十年の、今年米軍が落としたという1屯爆弾模型を眺め、お決まりの中島飛行機工場への襲来の下り。廃刀令に近い、銃器刀剣類の焼却展示、などなど他ではなかなかお目にかかれない武蔵野の事情が垣間見れる、凝ってはいないけれど~それを感じさせるのはかつての「教室」が醸し出す演出であろうか、、、。
ミンミンセミがけたたましくなく中、N東京市の郷土資料館を後にしたのでいたが、、。
その情景は30年前のわが地元と、そう変わっていないことに気が付く。いかんせ、もう一度口ずさむかな「、、光陰矢の如し」。人生半分終っているぜ!?


















