2025年8月31日日曜日

懐かしの匂い、夏の昭和の校舎

 うだる夏が続いているが、、、前も話したように残暑残暑とは言いつつも、、衰えの感あり。

、と飛び石の連休にて、先日は東京はミッドウエストな、N東京市あたりの郷土資料館巡りへと繰り出すのでいた。、と郷土資料館、地方に行けば必ずしや地域活性もあり、必ず佇むもんだが、東京都内となると、それよりかエンターテイメント性が優先されてしまう、閑古鳥が鳴く、、。

首都で昔を振り返って、何になるのか、そのメランコリー。そうした言い方はよくないけど「煤けた」感の展示が実に心に響くのはなぜだろう(その歓迎ぶりも、丁寧熱烈歓迎感がたまらなく好きな自分でいる)、かならず駐在している人は笑顔で迎えてくれるのだ。

と、N東京の郷土博物館は、、おそらく廃校になった校舎を一部差し換えて、2F教室部位を展示コーナーとしている。すでに50年ほど前の、自分を育んでくれたような古い鉄筋校舎が、トマソン様でいてコンクリの醸し出す粉臭さと、忘れ時と、呪縛みたいな思い出が入交り~たまらない空間を醸し出す。ハンバート・ハンバートならどう表現するだろう

そんな外来者コーナーで便所スリッパとそう変わらない、昔あり来なビニール製スリッパに履き替えて、半ば夏休みの休養中とでもいうべきか、校舎二階へ。

こうした空間で戦後八十年の、今年米軍が落としたという1屯爆弾模型を眺め、お決まりの中島飛行機工場への襲来の下り。廃刀令に近い、銃器刀剣類の焼却展示、などなど他ではなかなかお目にかかれない武蔵野の事情が垣間見れる、凝ってはいないけれど~それを感じさせるのはかつての「教室」が醸し出す演出であろうか、、、。



さかのぼり縄文~、中世~、近代史と三つの教室でのタイムスリップは、人生のそれに近いかあ「光陰矢の如し」である。いかんせ90年代に体感した電子機器類が遺構・歴史遺産として展示されていたのは実に驚いたものでいるが、、いかんせ我が肉体も今年で40数年間、使用しているもので、なるほどガタが来てもおかしくない、ああ納得!

ミンミンセミがけたたましくなく中、N東京市の郷土資料館を後にしたのでいたが、、。

その情景は30年前のわが地元と、そう変わっていないことに気が付く。いかんせ、もう一度口ずさむかな「、、光陰矢の如し」。人生半分終っているぜ!?

2025年8月24日日曜日

「夏の衰え」のハーモニー、ああ外道、体感!!

 夏が暮れ往く昨今、、

出勤時の汗の張り付きが不快で仕方がない。アンダーを着ない自分にとっては辱めもあり、年相応の代謝も懸念しなければいけないところだけれども、、冬になればまた夏を懐かしむもので、人というのはいつまで経っても「ない物ねだりで一生を終えるんだ」と思う。

そんなんで毎回同じネタで申し訳ないのだが、職場の連中と(休みの合う連中と)皇居ランへと行く。曇天だが、空が低いけど、、ムワリと高湿度な東京都千代田区辺り、酷い湿度だ。

今回は初参戦となる、九州出身のK君である。彼はダンサーになりたくて上京した男でいて、健康意識も(特に30代に入ってからの腹回り)を気にかけていたので、丁度よい塩梅でいる。すべての始まりはそんなもんでいる、、、。

といつものように東西線は「竹橋」駅下車にて、ランステで荷物を預けていざスタート。

7月の真夏の皇居ランは実に「酷」でいたが、、こうして走ってみると「夏の衰え」のハーモニーを感じるもので、ああ外道、体感!!


だが時折指す、余韻な~真夏の直射日光が刺されば「ああ~、、日がさすとまじ暑い」と萎える有様。30代半ばのK君、1周(約5Km)走り離脱、本当にお付き合いのほど有難うございました、、、。

といつもの、T君ともう一周走り約11Kmで、この日の皇居ランは締めくくりとする。いつも調子に乗りすぎて飛ばしすぎる自分でいるが、、このくらいの塩梅がよろしい。

そんなこんなで、いつもの大手中華料理屋H屋で飯を食らい労うのは、、なんとなく落ち着かないので駅ビルを探索、、なにやら大皿1品・小鉢2皿・ごはん(大盛無料)・味噌汁で680円の店に入り=プラスアルコールで、1000円あたりの店に入る。このスタイル、学食スタイルというか~昔、横浜は本牧でバイトしていた頃にも労働者の定食屋はこんなスタイルでいた、が悪くない。いかんせT君が頼んだ「ガリガリ君割り」は焼酎ジョッキにガリガリ君が差し込まれているだけという斬新さ?で氷の役割もなしていて笑えたのでいた、、、。

その後移動して武蔵野市へ。どうしてもコスパ重視、ドリアが食いたい、、となれば大手イタリアンレストラン「S」しかない。もうこの感覚とか我ら氷河期世代の感覚なのかもわからないが~二人は30代でいる、、。

ね、もっとバブルを謳歌した世代の人みたいに「俺が出すからさ~~」とは「僕からの驕りです」そんな振る舞いをしてみたいもんだが、、いかんせ「いろんな意味で失われた世代」なんでわかってください、歳食ってカッコ悪いイなア~、、俺(笑)

そうです、メガボトルみたいなワインを3人で飲む。場末のよくわからない焼酎なんかより全然健全であろう。3人の「生活の柄」が露呈して、同世代と化して肩を並べて帰路に就く。帰り際に喫煙所にてタバコ「ECHO」を吸った。オレンジと茶色のパッケージ、、死んだ祖父を思い出した、、そんな晩夏の武蔵野あたり。

2025年8月15日金曜日

硬派と軟派の混沌~ザ・ジェノバ~

 夏後半戦を、、後悔残さず、、高校時代の夏合宿終了時のような、満たされまくった夏にしたく、、ひたすらに唯ひたすらに夏を往く、、、。

と、Z世代の職場の同僚がアナログにハマっているという。ニューミュージックはよく知らないけど、踏み入れたことのない境地に、誘ってみたいと勝手に見計らい、、盛り上がった60年代ネタから、一方的にカルトGSの世界にいざなったのだ。資料等含め誘惑したところ、、ノコギリクワガタのオスの如く、その誘いに妖怪アンテナビーン!ジャックスや狭山あたりの細野晴臣音源で盛り上がる、、、。

面白いのは彼の感性で、独自にそれらを掘り進め、カルト入門からピンときた音源を聞きまくる様でいて、、。自分なんかよりも知識習得には貪欲でいて、頭が下がる一方でいる。あ~若いって素晴らしいと、安井かずみではないけれどズズ的な心境で、彼の感性を受けいれる。

そんなこんなで、お借りしていた黒沢進氏の資料を返したい、、と徐に懐かしいディスクユニオンの袋、と共にやってきた彼でいたが、、「これピンポイントで見つけたので良かったら」と、ザ・ジェノバも「サハリンの灯は消えず」のEPをくれたのでいた。



ピンポイントもピンポイント、アタシが24歳ぐらいの頃に、明け方の吉祥寺を抜けて、、出勤していた頃のマイ銘曲の一つでいる。ザ・ジェノバ、、何がいいってGS(グループサウンズ)と日本の伝統的な硬派な流れの、まさかの融合、とでもいおうか。衣装は学ランですらないけれど、、60sな硬派K館大な学生が、かつての出生地であろう?カムチャツカ当たりの群島出身で、歴史的な背景から追われ、今改めて望郷、といったスタンスが何故か世代を超えて、ガツンと来る自分。

作詞家が北方領土出身者、というのもあり代弁の感ありきだけれど、、(黒沢進氏の本にもあったが、それを昭和元禄の若者に謡わせるのは~)のくだりも面白い。

硬派と、西洋風インパクト(北欧系スタンス)を取り入れつつ、ハミングを交えつつ謡って見せるのがザ・ジェノバ。不思議とEPがそこまで高価でないのも、、受け入れられていた証ではなかろうか。硬派と軟派の混沌

泥臭いハミングなんかもザ・ジェノバの魅力でいて~、「男らしさの復権」なんてスタンスで、光物の衣装なんかも二律背反であり、、タイツを履いたりも、、素敵な、ザ・ジェノバ。

Z世代のF君、、確か札幌出身だし、、東京に軒をおけば全国各地の人が集まってくるので、、いろんな地域の人とお友達になれるという物。なんやかんや言って、、自分は幸せだなあ~と思う盛夏の移ろい時にて。東京はまさにカブトムシ的な樹液エリアだということを、しみじみと感じるひと時でいた。

2025年8月11日月曜日

身の丈を知る

 我が家のドラム式洗濯乾燥機がついに壊れる、、、。

洗濯後の乾燥作業へと至らない、、すでに2016年に購入し~現在まで不具合在りつつも、修理してもらい使用していたけれども、毎日使う分、白物家電の寿命のそれなのかもしれない。乾燥作業に入る時には妙な音がしていたことだし、、よく頑張ってくれたものでいる。洗濯は普通にできるので、しばらくは天日干しで乗り越えたいと思っている。ああ、生活の柄。

昨日今日とムワリと蒸し暑い、、これはかつての9月の陽気である。

1か月ほど前倒しになっている感あり、ジョグをしているとそうした環境の変化に、肌で感じるものだからよくわかるというもの。7月後半のあのジリジリ感が、8月も半ばになるとまるでない。南西から吹き込む空に、トンボが1,2匹。ジワリと肌に触れた水滴をぬぐう感、なんとなく高温多湿と、そのものでいる。

実は夏が短くなったんじゃないか、とそう思うことがある。

梅雨がダラダラと続いて、ほんの短い夏らしさがあっての~もう台風シーズン。梅雨と秋雨の結合部分にいるような気がしてならないのだ、、、。そんなこと言っても日常は心情的にも晴れぬもので、チャンスを(ジョグする)うかがっていたのだが、、パッと空が晴れて~ジョギングシューズに履き替え、つかの間の晴れ間?でもないが右へ左へ~と吹きすさぶ川沿いへとジョギングに行き急ぐのでいた、、。

おっと、やはり祝日ともあり、、同じ同類項がハッハッいいながら高湿度の中を往く、、。素晴らしい情景だな、雨上がりに飛び立つ蝶々のようだ。追い風、もあり天候不順と言いつつも快適なジョギングでいた終始。おもむろに「野生の証明」と呟いた、、氷河期40代は半ば、、ようやくここで見いだせたかな、「俺は失われた世代ではない」と(笑)

訪れる時期はまちまちだが、、幸せの量は皆決まっているのだよ」と。、、説得力がない戯言なのも氷河期LOVEである

これでいいのか、よくないのかもわからずも、、とりあえず目先の事に飛びつくのが氷河期世代の証でいて(笑)ご褒美に某薬局でシャーベット状のアイスと、BというオロナミンCもどきの飲料を購入して食らうと、、身に染みて美味かった

170円たらずの出費は、高校生時代のそれと変わらず、、人生ってものは「身の丈を知る事」と悟る瞬間でいる。


無理はしなくていいのだ、、中年だからとか、氷河期だとか、、今の身の丈を知ることが一番重要なのだ。夏は往く。

2025年8月7日木曜日

蒼い夏

先日は、旧国営放送で「傷だらけの天使」のアナザーヒストリーが放映された。

かの伝説のドラマ「傷だらけの天使」=通称「傷天」でいる。
今でいえば60歳以上の人がリスペクトするそれでいるが、、チンピラ探偵稼業的でいながら、古き良き関東の下町人情が根底にあるような泥臭いドラマ、、。全20数話あるようだが~いまでも「傷天」と呟けば、表情ほころぶ世代の人と現生一緒に居れるのは幸せだと自分は思う、、。
あれから25年周期をゆうに超えている世代でいる、わが氷河期世代でいたが~都立高校ではおしゃれな先輩方はメンズビギをまとっていたし(ごく一部)~海外ブランドに手が届かない同級生は、こぞって菊池武夫のブランドシャツとトラウザース、スクエアトウの靴を履いていた(キレイ目なんて俗語もあったが)そうした言葉を知ったのも、今では廃刊になったチェックメイト誌でいて~前にも書いたかもわからいけれど「これが本当の~シリーズ」が巻末で連載していたのが懐かしや(その時点で風俗史のレクイエムか)、、1996。
あれから25年、、BIGIの服に出会ったのは数回。初期のBIGIのラペルは「向い獅子」ではなく「向かい猿」でいた。あまりにタイトで(ウエスト73とか)当時の(1970年代)日本人体型なので、20代でもやや難あり。しかしながらBIGIのオープンカラー(開襟シャツ)は、当時から好評らしく~いつか自分もそれを手に入れて、それを着てみたいという気持ちが、今でもある、、。

話はそれたが、そんな1990年代後半の25年周期の鎮魂歌か、菊池武夫の1998年ごろのシャツを見つける。綿麻でいるが、、すすけ具合がなんとも購入意欲を削ぎ(綿麻の、で濃紺の濃紺のボタンダウンシャツ)もう、何回もスルーしたのだのだが、、やはり菊池武夫がらみの番組を観たのならば手にしたい、、と販売店へ。500円が200円になっていた、、、けどやや煤けてるなあ、、、。
結局買わないアタシ(笑)蒼い夏でいる、、、。200円でも買わない自分ってどうかしてるぜ
そんなこんなで個人的な夏休みは本日で最終日となる、、。天気にも恵まれてこの歳で夏を満喫できた感、大いにあり。
最終日をいつもの川沿いをジョグで往く、、うだるような夏の空とは一変、、フッと風が吹けば、ひんやりするほどの気流。こんなことは久しくない。余裕も余裕で~個人的な夏合宿を振り返ったのだけれども~いつも寄る薬局のイスが撤去されており(酒盛りしている輩を観かけることもある)カップアイスをつつきつつ、、帰路に就いたのでいたのだった、、、
「ぼくの夏休み」、いい夏だった

2025年8月6日水曜日

「サマータイムブルース」井上順しかり

 うだる夏、、はっぴいえんどの楽曲「夏なんです」ではないけれど、、そんな心地よさは微塵と感じない夏なんです、、

と、夏休みでいるので、少しでも夏に染まろうと相変わらず川沿いばかりを走っている、、、ここのところの連休は「一人夏合宿」と位置ずけて、、独りよがりもいいところ。

オッサン一人が一生懸命なそれは、若人一人の一生懸命とそれとわけ違う訳で「ああ、そうですか、ならば頑張ってください」と軽く鼻で笑われるのがいいところでいる。

そんなこんなで左足・足底を痛めたようで、、どうも「こむら返り」をしてから左足ふくらはぎに違和感あり、それをかばっているからか、どうも左足全体が不調である。

「加齢」で片づければ、何のことないんだけど、この心情の余裕と身体の状況が、反比例でいて~ザ・フォーク・クルセダースの北山修が歌う「♪体は重くて、心は軽くて、、」とはこのことである、、20数年たってようやく解りかけてきたきた境地に乾杯

と、ふと先日は職場の同僚と会話で、昨今見かけなくなった「井上順」の話題になった。

井上順、、ザ・スパイダースのボーカルでいて二枚目。

90年代は物まね番組のMCなんか務めていた、ソース顔の粋なオジサンでいて~あの頃はダジャレが言えないとMCとしては成り立てなかったような感じがした。(今思うと寒くても、「もう~順さんっ!?」とな流せる雰囲気が微笑ましかった)

やや年上の職員Tさんが「、、ハイライト」と呟いた、、世代ですな!「井上順」=「ハイライト」ときたら楽曲「お世話になりました」なのである。

井上順の歌う曲は、なんとも胸がホッとする曲が多くて~人情劇的テーマが多いのだ。それは井上順が古くからの東京育ちだからかもしれない、、GS世代のうちの母親が言っていた~いじめられっ子で苦労した(ハーフで)はガセだろう。時代背景的に、そうした話が出るのは必然なのだが、、確かにソース顔だが、、自分の同級生D君も中東顔だった。日本人離れした顔立ち、というのは結構いるものだ

「なんとなくなんとなく」、「いつまでもどこまでも」、、スパイダース時代の楽曲だけど素朴さと地元東京感な人情と人柄が交錯して、ソロでもそれは残っている感が惹かれる井上順

そんな矢先、某古着大手Sストリートのたたき売りコーナーを漁っていると、ピンクのぺイズリー柄のシャツを見つける、500円。タグは吉祥寺のユザワヤの物で~ユザワヤはオリジナル品のシャツオーダーもしているようだ(生地屋だし)。こんなペイズリー柄をわざわざ作るなんて、ベビーブーマーしかいないだろうと、ウハウハで袖を通すも、、ややヤレテいるが悪くない。

多くのフラワーチルドレンはかく語りき、「ジョンレノンがピンクのぺイズリーのシャツを着てて、、」なんて話をよく聞くもので、サイケデリックな世代にはたまらない柄の様だ。500円なら購入。

早速、帰宅後に以前押さえていた、VANジャケットの赤いサマーブレザーと合わせてみる。話は交錯するが、井上順は必ず赤いジャケットと黒かチャコールグレイのトラウザースを履いていた(90Sのモノ真似番組)、、個人的にあれはミリタリールックの延長と捉えていたが~、トラッドとカウンティーカルチャーの融合もあり、新旧派生のハイブリッドスタイルが垣間見れたのも60年代後半、、、。アリかもわからない。

さ、これを来て出勤した日にゃ、、18歳以来二度目のフラワームーブメント再来である。

とち狂う、そんな折り返し地点のサマータイムブルース。

2025年8月2日土曜日

六角精児バンドの「偽weight」を聴きながら、、夏を往く。

先日は比翼のついたマラソン用のキャップが欲しくて、三鷹くんだりまでしたが結局なくて、キャップを被らずに相変わらず走ってばかりいる。
久しぶりに陸の孤島と言われている、三鷹市Mエリアを彷徨ったのだが、高校時代の友人のSは、このあたりに両親がマンションを購入して、2000年代には家族ぐるみでよく遊びに行ったものだが、、いまはもう音沙汰なしでいる。会える時期あれば、また縁あれば会えるであろう、、、。

このエリアは駅からも遠く、車か縦断するバスがないと厳しいエリアでいる。
であるから、発展しないし、あまり景色が変わらない。市内であるけど火の見櫓があったり、、昔ながらの米屋がある。こうした木造の米屋も昨今見ない、米穀手帳なんかを携えて配給の延長で、購入しに行くような商いスタイルの米屋、、自分の地元にも昔は何軒かあったが今では皆無。

しかしながら暑い、ジョグの時にはこのうだるような暑さを容認できるのに、私服に着替えての行脚は、なんでこんなにも不快なんであろうか。グチョグチョのずぶずぶ、といったような表現がぴったしでいて、と言って180円もする自販機の清涼飲料なんて誰が買ってやるものか、という14時台の三鷹市に一人、ギンギンギラギラ自分がいる。

~とようやくたどり着いた、出張所の冷水器。冷水器ってこうした公共施設には必ずと言ってよいほどあるから不思議。まさにオアシスなんだが先客がいた、、呑み終わるのを待ってボタンを押しつつ啜り行けば、、ああ、なんて至福なんであろう!!
ジョグ時に飲料水を持たない自分にとっては、公園の水飲み場がオアシスであり~先客がゴールデンレトリバーであろうと、汚れたトラックの足回りに敷いてある、あのジュータンみたいなものを洗っている職人さんがいようと、、子供が水遊びをしていようと、、水飲み場はオアシスなのである
そういえば、英国のバンド・オアシスが再結成したなんて話をカーラジオで聴いたが、、世代なのに全く聴いたことないし、自分にとっては2002年あたりに再結成した「ザ・フォーク・クルセダース」が、はしだのりひこ、の代わりに坂崎幸之助が加入する方が衝撃であった、、。とはいえ、、もうあれから20年以上経つんだなあ~、、。と。諸行無常の響きアリ。

話はそれたけど、公共水でしかもヒヤッヒヤな冷水器は嬉しい、、「ング、ング、、ング、、、プは~~」と。おっと後ろにはおじいちゃんが(笑)思うところ皆同じのようでいる。

、、そんなこんなで項垂れていると、、視聴覚室から半年前に予約待ちしていた六角精児バンドの「ともだちのうた」の準備ができたとメールが!!
順番的に16.17名待ちでいて~今年はじめに予約し、ようやく自分の番が来たのでいる!これは、今からでも押さえに行かねば、、である。
自分がいつも楽しみにしている、「呑み鉄本線日本旅」(国営放送)で、六角さんチョイスな楽曲から、昨今いつも紐解き学んでいるのだが、、六角精児バンドの「偽Weight」の「若い頃には戻りたくねえ~」というザ・バンドの六角精児的解釈がものすごく心に響いて、、。
、、ッ聞きたくて聞きたくてたまらなかったのである(けど、買わずして視聴覚資料を半年待つというのはセコイというか本当なのか、、、という自身への疑念もある)
そうした「聞きたくて、聞きたくて、、」といった中学生・高校時代の様な感覚は、年を重ねるにつれて鈍化するのか、擦れるのか、、昔みたいにアドレナリンがブわあ~~と体感を駆け抜ける感覚、がなくなり動じなくなる。久々にその感覚に襲われたからうれしかったぜ。

、、おかげでカーステレオから六角精児バンドの「偽Weight」をききながら、毎日出勤できている自分は、幸せだとそう思える2025年の夏に乾杯だな(終わり方がイマイチなのは申し訳ない)
2025年の夏は往く、、、。

Jジャーエールのエールは、応援ではない。

 と、またも見つかった 虫歯治療 をしに、かかりつけの歯科がある目白辺りまで、クロスバイクで向かうのでいた、、。 先日の受診に帰り際に、、レントゲン撮ったらその影が反対側にあるとの事で、、年内に、いまある虫歯を治そうという、という、そういうアプローチ。 いかんせ、ビール代用として...