2023年6月5日月曜日

昭和のアイロン事情

 先日は久しぶりに晴れた休日、カッと初夏の日和は走ろうと決めていたのだ。ジョグが一番安上がり、全身運動でよろしい。みな誘えば敬遠されることが多いが、唯一の学生時代からの習慣というか続いているもので、アイビーや単車は今思えば「時期物」に過ぎなくなってしまった、、。おもむろに走り出せば、30分後にはどこへでも行けるような気がする。「気がする」だけで、60分も走ればなかなかにグロッキーなのだが、普段気づかない季節の移ろいなんかを肌で感じるの。泉谷しげるの「春夏秋冬」ではないが「春を眺める余裕もなく、夏を乗り切る力もなく、秋の枯葉に身を包み、冬に骨身をさらけ出す」を楽しく、生で実践できる。養老孟司氏の本ではないが「体を使う事」の大事さに、あらためて気づかされる。氏が言うように今迄の生い立ち、トラウマなんぞは「肩こりみたいなもの」なのだ。走ればすべてリセットされる、、。

と、先日知り合いの方から古い電気アイロンを頂く。こんな木箱に入った60年代辺りの日立製のアイロンなのだが現役で未だ使える代物。60年代辺りはまだ、火鉢や七輪が現役な時代だから炭アイロンなんていうものも現役だったろうが~電気アイロンは基本重さやコードレス以外にあまり進化してない。ガスストーブもそうだが基本進化しない、そういう代物が電化製品にはいくつかあるもの。


この電気アイロン、やたら重い。無理もない、なかなかの「鋼鉄製」でいて、熱さと重みでプレスする感、オックスフォ-ド地のシャツなんかとてもキレいに仕上げることが出来る。どうでもいい事なのだが、自分はアイロンがけが大の得意なのである。~というにも母親に教わったんだが、クリーニング屋へは出さず(父親が体質的にあの糊が嫌いでいた)かけ方を伝授してもらった16歳ごろ。であるから、常に時代に沿った電気アイロン機が家にはあり(マメに電気アイロンは後継機にモデルチェンジしていた)90年代の初頭にはすでにコードレスの電気アイロンがあったのだ。が、初期の物はすぐに充電台に乗せるよう、アラームがなりまくったり、海外の物は熱が弱かったり、、と。アイロン台も正座をしてやるような対応でなく、立位で組み立てると1m30cmはあるようなものでいて、50年代・外国映画でマダムがかけているようなあれである。どこで見つけてくるかしらないが、クリーニング費を浮いたぶん道具に費やしていたのでいた。

基本電気アイロンは女性向けの設計である、であるからやたらに軽量化されている。特に家庭用はプラ製で熱の伝導率が良いよう底面のみチタンみたいな金属が使用されていて、プレスしながらアイロンをかける、といったものではない。ことのほか地厚のコットンは、洗濯後には深くしわが刻まれゴワゴワ、、この地をならすにはなんとなくパワーが足りない感あり。

そこで借りてきたのが、祖母が使っていたナショナルのアイロン。やはり木箱になんか入っていて戦時中の何かかと思わざるを得ない風体、開ければどっしりと重たい電気アイロンが鎮座している。あのか細い腕で、コイツを布地に走らせるのは、ほぼマジックでいて(笑)印象深いところだが~、これがまたペッタリと綺麗にしわが伸びる。鬼太郎の一反木綿が仕上がりそうなほどの熱+プレスである!あれから20数年、同機種を再び手に入れたんだが、知らない人から見れば、この木箱には鋼鉄製の「仏像」か何かが入っていると思うだろう、風体に、思わず高笑いしてしまったのだ、日立の電気アイロン。電気アイロン(大・中・小)三兄弟でいる!(大ことナショナル製の物はボイラー式アイロン)



、、久しぶりにシワクチャのオックスフォ-ドのシャツにアイロンをかけますかな、、そうした装いとは無縁であるけれど、そうした行いを楽しむ満月の夜、ひとりよがり。

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