先日は、まとまった雪がこの生活の場でも降り注いだ、、。
いわば南岸低気圧なるあれだ。3月に雪というのは粋、というか小春日和からの曇天返しがたまらない。高校の時分には、憧れていたBassのローフアーを手に入れたが、履く前の初磨きで、明日はこのローフアーを履いて登校しようと、意気込んでいた矢先に雪が降って、、よせばいいのに雪降る中を、皮底のBassのローフアーで登校。何度も転び、駅に至るまで尻を強打し過ぎて、足を引きずり小田急線に乗った記憶がある、、。
、、そんなんで、天気が悪く、、さて何か工作じみた事をしようと休日。と、先日は一度捨てかけたリーガルのタッセルスリッポン、タッセル・ローフアー。本によると「ローフアー」とは「怠け者」という意味らしい、、紐がないからか。そのタッセルのない、「タッセル・ローフアー」、タッセルがないと実に「怠け者」ならぬ「間抜け者」、、でコットンパンツに履いてもさえないのだ。暇だし、、とこの「タッセル」を自作しようと決めた休日。
、昔に西荻窪の作業所で購入した、ブラジル製の皮の敷物、をばらすことに。中年の男の針仕事、、外はシトシトと霧雨の中、、親父が嫌っていたビリー・バンバンの曲をバックに針仕事に勤しむが、、うん、確かにビリー・バンバンは女性受けがいいのが解る。こんな小雨の陽気にはぴったしでいるんだ。まず、タッセルの紐の部位、、は白いレザーを濡らしてなめして、、その先端部位はそれとなく加工、円錐形に、釣り鐘型になるように、、それとなく繕う。
、、で、仕上がりがこんな感じでいる。紐の白いレザーがなんとなくアクセントか。捨ててしまうに惜しく、こんな感じでまた段がえりブレザーとでも合わせて楽しみたいところでいる。タッセルを自作する中年の、、アナザー・ストーリー、ここに完結。
気晴らしに外に出たのだが、、走ることもできず久々に雨の休日。今年の冬はまるで雨が降らなかった、、それは統計以来との事で、、これも温暖化の兆しなんだろうか。しかしながら寒い日が続くことは減ったが、ドカンとそれなりの寒さは来るもの、、。
車を走らせ、、立ち寄った大手コンビニチェーン・セブンイレブンでは懐かしの商品が売りに出されていた、セブンは今年50周年らしい。で、あるからかはわからないが、、「じゃがまる君」!?なんて懐かしいフレーズだろう!!、、令和版なる「じゃがまる君」は、蒸しているが昭和版は確か「揚げ物」であった印象。
であるから「令和版」と謳っているのであろうけど、、たしかS区のセブンイレブンで購入したそれは「揚げられていた」じゃがまる君でいた。令和版を食らうも、、何とも「寝ぼけた」味感はぬぐえなかったが、、やはり芋系は「揚げていない」とうまくないのだ。「ベイクド」である。
けど、そのフレーズを聞いただけで、なんとも胸躍り、そのレクイエム感が、、働き盛りの「鎮魂歌」そのものでいて合掌。巷に流れる、国会答弁での「氷河期世代の救済」、、馬鹿野郎、すでに遅いのだよ、、自分含めてその世代は、すでに振り返りの粋に、、。
巷に流れる懐かしい流行歌が首を絞めて、、それ故か令和版「じゃがまる君」を買ってしまう自分、かくの如し、、。お母さんといっしょ、と「じゃじゃ丸君」と重なるピッコロの「も~~~!!」で一斉にコケますかな。何度もこけてきたかな我が人生に、「じゃがまる君」で乾杯。



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